■教育雑感■
このページは、わたしの雑文コーナーです。
わたしの子ども観、教育観を知っていただくてがかりになると思います。
■学ぶ意欲
 「わかった、先生、わかった!」。大きな声の方を見ると、さっきまで「わからないよ〜」を連発していた小学5年生のMさんでした。子どもの表情が輝くこの瞬間が、私の最もうれしいときです。教師をやっていてよかったとつくづく感じるときです。

 今から30年ほど前、私は私立高校で英語を教えていました。英語は専門外ですが、採用されたばかりでやむを得ず担当していました。当時、その学校は、中学で落ちこぼされた生徒がたくさん入学してきました。Be動詞と一般動詞の区別もつかず、「3単現のS」という言葉を知っている生徒はクラスの1割ほど。なかには、アルファベットを最後まで書けない生徒もいました。

 とても高校の教科書だけでは授業ができません。毎時間、中学校の復習プリントを中心にして授業を組み立てました。最初は中学1年の学習ですから生徒たちもよく理解でき、テストで80点以上をとる生徒もいました。中学校では、いつも20〜30点か、それ以下だったでしょうからとてもうれしかったようです。

 ある年、こんなことがありました。夏休みに入ったばかりの頃、職員室にいた私に中学校の先生から電話がかかってきました。「卒業生のG君がお世話になっております。今、期末テストを持って見せに来てくれました。あんなにうれしそうな顔のG君を見たのは久しぶりでした」

 G君は、中学では経験したことのない点数をとったので、中学3年生時の担任に報告に行ったのでした。テストの内容を見ればどんなに易しい問題か、その先生にはわかるはずですが、G君をうんと誉めて、「いい学校へ行ったね。これからもがんばれよ」と励まして別れたということでした。

 ところが、2学期の後半ぐらいになって、復習といえどもだんだん内容が難しくなってくると、生徒たちはとたんに学習意欲をなくしていきました。そして、そのころから「先生、なんで英語なんか勉強しなくてはいけないのですか」という質問が、繰り返されるようになりました。

 「世界はどんどん狭くなっているんだから、君たちもきっと外国に行くだろう。そのときのために勉強しておかなくては……」
 「先生、ぼくは外国には行きません」
 「今はそう言ってるけど、結婚したとき新婚旅行で外国へ行くぞ。若い女性のほとんどは外国を希望しているそうだから」
 「先生、そういう女性とは結婚しません」
 「そうか、でも町の看板やチラシなど、いたるところで英語が使われているだろ。そういうことを理解するためにも英語は必要だと思うけど……」
 「先生、なんでも英語を使えばいいというものではないでしょ」
 「そ、そ、そうだよなあ。だけど、英語を理解してその国の文化に触れることも大事だと思うんだけど……」
 「先生、オレたち日本語も日本の文化もろくに理解できていないんだから、そっちが先なんじゃないですか」
 「そうだよな、君の言うとおりだな」

 なぜ英語を学ばなくてはいけないのか、一度も生徒を納得させる説明ができませんでした。いろいろな書籍を調べても答えを得ることができません。最後の方法として、多くの英語教員が加入している教員組織の全国大会(その年は、愛知県豊田市で開催)に参加することにしました。そこで、豊かな実践報告を聞き、討論に加わり、探していた答えを見つけることができました。

 なぜ英語を学ばなくてはいけないのか、それを言葉(頭)で理解させようとしたことが問題だったのです。学ぶ目的を認識して学ぶことができるのは、留学したいとか、英語の歌を理解したいというような明確な目標を持った生徒か、必要に迫られているおとなだけなのです。一番大事なことは、そのような疑問が浮かばないほど楽しい授業を作り出し、学んだことが役立つという実感を繰り返し経験できる機会を作ることだったのです。

 今、新学習指導要領の実施にともない学力の低下が問題になっていますが、同時に学習意欲の喪失がいろいろなところから報告されています。興味を持つ前から知識を詰め込めば、興味を失い好奇心も萎縮してしまいます。子どもたちが本来持っている学びたい、知りたいという意欲を育てるために「教え込まない」指導者のあり方がますます大事になるでしょう。

 まず、楽しい授業で学ぶ喜びを実感し、自信をつけ、興味を広げ、そして自分自身の学ぶ目的が見つかったとき、子どもたちは本当の意欲を発揮します。「先生、わかった!」という声を聞きたくて、今日も塾の小さな教室で生徒たちを待っています。

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